特選「お替わりはいかが?」
〜伊豆紀行(1997/5/29-5/30)〜


トップページへ戻る


第一日目

 この土日は、以前から知人家族と約束をしていた伊豆旅行である。この知人達とは二年前から家族連れ同士で近場の旅行をするようになった。一昨年は秋に一回、昨年は春秋の二回、そして今回で四回目になった。四回目になると母親同士、子供同士も見知らぬ仲ではなくなり、和気藹々とした雰囲気で楽しむことができるようになってきた。

 旅行と言えば今は車が一般的だが、練馬住まいの我が家には車がない。車を持たない最大の理由は私が原動機付き自転車運転免許証(いわゆる原チャリ免許)しか持っていないから(ちなみに妻は免許は持っているが、結婚退職以来十年以上運転していない実質ペーパードライバである)だが、諸経費・維持費・駐車場代がかなりかさむというのもある。既に十数万円の家賃を支払い、その上すべての経費を月で割ると十万円近くも余計に支払う余裕はない。仮に余裕があったにせよ、その分貯金して海外旅行にでも行きたいと思うからだ。

  とにかくそんな訳で我が家はもっぱら電車旅行である。今回は久しぶりにスーパービュー踊り子号の指定券が取れたのはラッキーであった。指定席で腹が立つのは、人気の列車は一ヶ月前の十時丁度に緑の窓口の端末をたたいてもらっても、すでに満席であることだ。お盆のトップシーズンならともかく通常期の土曜日なのにである。変だ思って尋ねてみると、すでに受付開始前から団体でほとんど押さえられているのだそうだ――とくに池袋始発のスーパービューを個人で押さえるのはほとんど不可能らしく、どうしても取りたければ旅行会社のツアーなどを使うしかないとみどりの窓口係員に言われたことがある。正規料金より安い金額なのに、正規料金を支払う個人客より有利に座席を押さえられるのはかなり腹が立つ。団体旅行禁止法でもつくって学校法人の学習目的以外の団体旅行を安く行うのは規制されるべきだ。

 今回のスーパービュー踊り子は土曜日であったが、週末の臨時列車だということもあって、比較的がらがらの状態で指定券を取ることができた。最初は池袋始発のスーパービュー踊り子を狙ったのだが、これはすでに例によって満席であった。仕方がないので、空いているのを探してもらったら、それが午前八時三十分新宿始発のスーパービュー踊り子である。これは伊豆高原には何と朝の十時半につく。少々早すぎるかと思ったが、久しぶりのスーパービュー踊り子を逃す手はない。

 切符の準備は整った。あとは当日家族(特に子供)の体の具合が悪くなったりしないことと、良い天気であることを願うのみだ。

 出発日の二〜三日前から、週間天気予報で週末の天候が怪しくなってきた。 どうもこの様子だと土曜日は曇りから雨で日曜日も雨が残るようだ。一昨年のこのグループでの第一回目の旅行で雨に降られらた。昨年は白河への家族旅行でも初日と最終日(三日目)が雨だった。どうもこのところ雨にたたられているようだ。

 前日の天気予報では、それまでよりさらに悪い予報で土日はずっと雨だという。我が家は車旅行ではないから、足は公共交通機関である。だから雨になるととても困るのである。ただでさえ荷物が多くなるところへ傘が加わるし、駅を出てからは目的地にゆくまでずっと雨に降られることになってしまう。 雨の日の通勤は憂鬱であるが、雨の中の旅行はさらに憂鬱である。

 当日、朝起きると自宅の練馬区ではまだ雨は降っていなかった。予約した列車は新宿八時三十分発のスーパービュー踊り子である。子供連れで荷物もあるから余裕を見て七時半くらいには出なくてはいけないが、この分だと最寄り駅につくまでは雨は降りそうもない。傘は折り畳みか長傘のどちらにすべきか迷うところだが、二日間とも雨という予報だから少々邪魔にはなるが濡れる可能性の少ない長傘を家族それぞれが持つことにする。

 スーパービュー踊り子に乗るのは何年ぶりだろうか。伊豆には何度か行っており、そのたびにスーパービュー踊り子の席を取ろうとするのだが、先に書いたとうり旅行業者に押さえられてしまってほとんどとれなくて、一度などは普通の踊り子も取れなくて新幹線で熱海までいったことさえある。まったく個人客軽視の経営姿勢には非常に腹が立つ。

 さて、新宿についてスーパービュー踊り子の車内に乗り込んで、切符で指定された席を探すと、それは見晴らしの良い一番端の車両であり、その中のさらに三番目というまたとない好条件である。これは素晴らしい、スーパービュー踊り子の先頭車の前から三番目以内なんてほとんど取ることは出来無いのに、取れたというのはなんたる幸運か。そう思っているうちに、電車は静かに新宿駅を発車した。

 だが、何としたことか。先頭車だと思って喜んだが、実はそれは最後尾の車両であった。東京からの下り電車で十両編成の十号車だから、冷静に考えればそれが最後尾であることはすぐにわかるのだが、スーパービュー踊り子先頭車の端の席の素晴らしい眺めに気を取られてしまい、車掌がドアを閉める動作に移るまで気づかなかった。

 それでも、眺めは他の席とは比較にならないほどよい。最初は後ろ向けに引っ張られるような妙な感じがしたが、これはすぐに慣れた。どちらかというと旅先が近づいてくるというよりは、住み慣れた街を後にして離れて行くといった感じだ。今、旅は始まった。

 スーバービュー踊り子51号は、新宿駅を定刻の朝八時三十分に静かに動き出した。展望車両ではあるが最後尾のそれに陣取った私たち家族は、次第に遠く離れて行く新宿駅を見送った。これから目的地の伊豆稲取まで二時間半近く列車の旅だ。

 スーパービュー踊り子の停車駅は通常の踊り子より少ないが、この列車はさらに停車駅が少ない。

横浜着     9:02
熱海着     9:53
伊東着    10:12
伊豆高原着 10:29
伊豆熱川着 10:39
伊豆稲取着 10:50

 新宿を出ると途中横浜、熱海に停車したら次はもう伊東である。在来線だから列車の速度はせいぜい時速100km程度だが、途中の駅をすっ飛ばして行くのはやはり気持ちがよい。列車が横浜を出た頃だろうか。気がつくと展望車のガラス天井に水滴が流れるように糸を引いていた。どうやら天気予報の通り雨が降り始めたようだ。天気予報という奴は、晴れるという予報のときにははずれて雨が降ったりするくせに、雨が降るという予報は妙によく的中したりするような気がする。案の定今回も予報通りしっかり雨が降ってきた。

 私の前の席に座っていた親子連れ――といっても子のほうは子供という年齢ではなさそうだった――の話が耳に入ってきた。いや、正確には子の方が一方的に親に話しかけていたようだ。その話の内容からして子のほうはかなりの鉄道マニアらしい。絶え間なく鉄道がらみの車窓の風景について話し続けるので、最初はうるさくて仕方がなかったが、そのうち慣れてくると段々話が面白くなってきた。

 娘と妻は私の後ろの席でおやつを食べたり話したりしているが、席を離れて座っている私には特にすることもないので、なおのこと鉄道マニア君の話に耳が傾いてくる。他の電車とすれ違う旅に鉄道マニア君は、すれ違った電車の種類やら行き先やら何やらをとなりの母親――ちなみに私の隣に座っていたのが父親のようだ――に説明している。その説明が結構詳しいので、聞いているとそれなりに面白くなってくるのである。結局、スーパービュー踊り子51号が伊東につくまでは、景色を眺めながら鉄道マニア君の解説に耳を傾けていた。こういう旅はそうそうできるものでないので、それなりに楽しかった。

 私たちの目的地は伊豆稲取であり、稲取バイオパークに娘を連れて行こうと思っていたのだが、伊東を過ぎても雨は止む気配もない。どうしようかと妻と相談した結果、伊豆稲取まで行かずに伊豆高原で途中下車して、雨でも比較的影響を受けにくいシャボテン公園に行くことにした。幸い、私と娘はシャボテン公園には行ったことがなかったから、雨の日にしては悪くない選択である。

 午前十時二十九分、スーバービュー踊り子は伊豆高原に到着した。私たちは鉄道マニア君を列車に残したまま、雨がぱらついている伊豆高原のホームに降り立った。

 私が最初に伊豆高原に来たのは、今から十年前のことである。当時伊豆高原の駅は、今のように綺麗な駅ではなく、狭いホームに小さな駅舎のどちらかというと片田舎の駅であった。伊豆急沿線で踊り子号が通過する駅の中には、今もそういった駅があるが、丁度そんな感じだ。それが今ではとても美しく生まれ変わり、土産物点や食事処などがファッションビル風にあつまった、やまもプラザというちょっとした駅ビルになっている。二年前に伊豆高原に来たとき、そんな風になっていることを知り、妻と二人で大いに驚いたものだ。

 新しくなった伊豆高原の駅は、改札を出ると駅舎内すぐ右側に観光案内所がある。ここでは観光場所の割引入場券の購入や案内図などをもらったりすることができる。特に一枚物のイラスト地図が意外に役に立つので、今回も一枚もらっておく。案内所があるのは高原口の方だが、反対側の八幡野口の方に出てちょっとのところに、地元のスーパー長屋というのがある。全国チェーンではない地元スーパーというのは入ってみると非常に面白い。ここは別荘族の皆さんが滞在中に食料品などを買いにくるところらしく品揃えも豊富だが、普段東京に居てはお目にかかれないように物もあったりして、なかなか楽しい。知らない土地のスーパーというのは見ているだけでも面白い物だ。

 さて、私たちは観光案内所でシャボテン公園の割引入場前売り券を購入し、バス乗り場へ向かった。シャボテン公園行きのバスの時刻表を見ると、五分ほど待てば四十四分発のバスがある――ちなみに、十時五十八分発のバスはリンガーベル号という、昔のチンチン電車のような外観をもったユニークなバスだ。

 バスに乗ること二十分、大人三百三十円、子供百七十円でシャボテン公園に到着だ。ここで入場前売り券を入場券に引き替えて、面倒な荷物を預けることができる。メインゲートはさらに先であり、天気の良い日ならあるいて歩行者ゲートのほうに向かうのもよいが、今回は雨なので無料でメインゲートまでいってくれるドラムカーにのる。ガタガタという振動が木の椅子から尻に直に伝わって痛い。

 シャボテン公園は文字通り三千五百種ものサボテンや多肉植物が温室などに集められているほかに、ラクダをはじめとする動物達もいる。ここのよいところは、サボテン温室は当然として、それらの温室間の通路やチンパンジーショウの会場にも屋根があり、雨の日でも比較的楽しむことができる。最近でこそ小さな鉢植えサボテンをマスコット代わりに室内に置く家庭が増えてきたとはいえ、サボテンばかりが集まっているというのは異様な光景かもしれぬ。

 レストランではサボテン料理も食べられるのだが、ちょっと抵抗がある。店員に尋ねてみるとピクルスに似た味らしいが、ここは山の方でもあり肌寒くなってきたので無難に暖かい天ぷら蕎麦セットを食べる。観光地だから旨くも不味くもなくまぁこんなものだろう。ただ天ぷらの海老が結構大きかったのは評価できる。

 昼食を取り、土産物店でちょっと買い物をして、再びドラムカーにのりバス乗り場に向かった。宿のチェックインまでまだ一時間ほどあるので、一旦伊豆高原まで戻り、ティータイムとして休憩してから宿へ向かうとしよう。

 今夜の宿は「ポテリ」というペンションだ。ペンションというとキャピキャピのギャル達ばかりというイメージが私にはある。しかし今回の参加族は幼児連れに小学生連れのファミリーグループだから、そういう宿では他の客やペンションにも迷惑だし、私たちだって肩身が狭い。宿選びの時に予算やら子連れ歓迎やらの条件をもとに選び出したので、今回その心配はない。 

 ペンションのオーナー夫人は、調理師免許を持ち、以前は幼稚園の先生もやっておられたという方だ。リビング(というか談話室)には小さな子供向けの玩具も置いてあったりして、確かにうたい文句通り、乳幼児連れの家族旅行でも安心して利用できる。同宿の他の客には女性二人連れと、赤ちゃんをつれたご夫婦がいらしたが、そういった意味でもアットホームなところだ。

 料理は和洋食で、ナイフとフォークも出てくるが、どちらかといえばお箸で食べても美味しい。実際、食事の最初にはお刺身がでるからこれはお箸がよろしい。主食はパンではなく、ご実家の新潟から直送されてくるコシヒカリで、炊き方もとてもうまくて御飯だけでも非常に美味しい。ペンションでフランス料理など料理そのものを売りにしているところは多いが、ここはおそらく御飯も自慢してもよいような嬉しい宿である。旅館でも料理は美味だが御飯はいまいちなんてところは山のようにあることを考えると、御飯好きの私は涙がでるほど嬉しい。

 外はまだ雨が降っている。このまま日曜日も雨がふるとすると、翌日の予定をどうするか考え直さねばならない。天気がよければ城が崎のほうまで足を伸ばしたいところだ。城が崎は十年前に妻と二人で吊り橋を渡ったことがある。 オーナーの話では最近橋を架け替えたのだという。しかし、悪天候の城が崎はちょっと考え物である。それも車ならともかく公共交通機関組の私たち家族にはなお不都合である。駅近くのテディベア博物館というのも一度見てみたいから、こちらにしてもよい。そんな話やら、パソコンやネットワークの話を仲間達としつつ夜は更けて行った。


第二日目

 翌日の日曜日、七時に目を覚ますと、外は昨日の天気が嘘のような晴天である。帰宅後聞いたところでは土曜日の東京は大荒れだったらしく、会社の同僚などから同情されたが、実際にはしとしと降っていた程度の雨にしかあっておらず、ましてや大荒れなどという事はなかったのである。

 朝起きてまずするのはニフティへの接続である。もともとパソコン仲間達の家族同伴旅行だから私も愛用のLibretto30と通信セットは持ってきている。電話回線を調べてみるとパルスダイヤルの通常のゼロ発信の二線式のものだから、いつものPCカードモデムが問題なく繋がる。こういう時のためにLibrettoには全国のアクセスポイントのリストが入っている。調べてみると静岡か沼津のROAD7が近そうだ。どちらが(電話代から見て)より近いのかわからないので、エイヤで沼津につなぐ。接続は一発で繋がり自宅での通信と同じ快適さだ。これは携帯パソコンならではのシームレスの魅力で、普段自宅でデスクトップパソコンで通信している方はそうはゆかないだろう。

 話がそれてしまった。天気が良くなったので同行の他の家族の予定を尋ねると、ぐらんぱる公園へ行く家族と、テディベアミュージアムへ行く家族となった。さて、我が家はどうしようか....。三人とも体を動かす方ではないし、テディベア組のほうはワンボックスで来ているということもあって、そちらに同乗させていただくことにした。

 二年前に来たときは、「人形の美術館それいゆ」、「おもしろ博物館〜城ケ崎文化資料館」へ行ったし、十年前はちょっと足を伸ばして「池田二十世紀美術館」へ行った。今回も伊豆高原名物の博物館・美術館を一つ押さえておくのは悪くない。聞くところでは最近特にこの手の施設が増えてきたそうで、数が多くなればそれにつれて、出来の良いものも良くないものも出てくるそうだ。 やはり展示内容と入場料のバランスなのだろう。高くて良くないものはいずれ自然淘汰されてゆくに違いない。

 テディベアミュージアムだが、これは思ったより面白い。単にテディベアが並べてあるだけかと思ったら、ET風に仕上げたり、テディベアファクトリー(工場)の従業員をテディベアたちにやらせてみたり、巨大なベアに花嫁・花婿衣装を着せてみたりとなかなか楽しい。

 施設内のカフェテリアで休憩し、お土産などを買って今日の観光予定は終了である。その知人の車で駅まで送ってもらい、次回は秋の旅を約束して分かれた。彼らはこれから車で東京に向かい、私たちは昼食のあと東京へ向かう踊り子で都内に向かった。

 今回非常に印象に残ったのはペンションである。料理が美味しかったのはもちろんだが、子供連れでも安心して泊まれるし、オーナーがとても人当たりがよく気さくな方なのでとても心地がよかった。何でも夏にはカブトムシやコクワガタも沢山出てくるというので、来年の夏にでもまた我が家だけで来たくなった。

 今回、素晴らしい旅の思い出を下さったペンションポテリのオーナーご夫妻に感謝して筆を置く。


トップページへ戻る


Copyright (C) 1996-1999, あいちゃん, All rights reserved.
筆者に無断でこのホームページの全部もしくは一部を転載、複写、再配布することを堅く禁止します。