「お替わりはいかが? 〜1368〜」

1999.04.02 (Fri) ==========================

□ 教員の人事考課 〜2〜

 とにかく職場の現状を何か変えようとすると、最初はまず反対するのが義務
のように思っているのがどこの労働組合でも定番らしい。民間企業では、それ
でもまだ会社が存続してこその組合の意味もあるから、会社を潰しては組合も
へったくれもないという意識はある。だから経営面での失策や儲かっていると
きの利益配分についてえは大いに経営陣を追求するが、自らも経営への協力を
惜しむものではないであろう(例外もあるかもしれない)。しかし、こと公務
員の労組はどうだろうか。少なくとも現行法の元では懲戒免職にでもならない
かぎり、職や収入を失うことはない。逆に言えば、労働争議権を制限する代償
としてそうした身分保障をしているのであり、労働者の権利として与えられて
いる内容は民間企業被用者とは明らかにことなっている。ところが組合にはそ
ういう意識はあまりないらしく、とにかく権利だけを主張し、既得権が脅かさ
れそうになると、それがいかなる事柄であれ猛烈に反発する。この体質はまさ
に今の日本の官僚そのものであり、根底を流れる体質には同じものを感じる。

 彼らは実はここでは自らのコミュニケーション能力の無さを露呈しているの
だ。過去からずっとそうなのだが、自ら主張の主張には、他人を説得しうる論
理だった筋道が欠落しており、嫌だとか欲しいだけの部分しか残っていない。
いってみれば、玩具売場でひっくり返って手足をばたつかせて、玩具を買って
欲しいとねだる子供と大差ない。誤解があってはこまるが、私は公務員の労組
が悪いと言っているのではなく、その主張内容や方法が幼稚だといっているの
だ。

 ともあれ、教員の人事考課制度導入とそれらの昇給や昇進・異動への反映に
は基本的には大賛成である。現状の不平等(悪平等)は断固粉砕されて、出来
る教師にはそれだけの報酬を与えるべきだし、教師に向いていない者は排除す
べきであろう。生徒も親も学校側でさえも、いてもらっては迷惑な教師という
が現実には存在する(校長ですら給与泥棒となじるような奴が中には教師面し
てのさばっていることすらある)。しかし教頭にも校長にもその教師失格者の
首を切る権利はないし、一方的に他の職場にまわす権利すらないのである。し
かし、教育委員会側は単純に数でしかみないから、役立たずの教師であっても
数に入ってしまい、その学校では生徒数・クラス数からみて適切な教員数であ
ると判断されてしまう。だが、現場ではその役立たず教師の穴埋めに校長や教
頭、あるいは同僚教師が奔走し余計な仕事が増え多いに迷惑するのだ。こんな
ことが断じてゆるされるべきではなかろう。

(続く)