「お替わりはいかが? 〜1631〜」

1999.12.21 (Tue) ==========================

□ 英語の学習 〜5〜

 一口に英会話学校というが授業料は決して安くはない。投資するにはそれな
りに決心が必要だし投資した以上はそれを回収できるほどに一所懸命やらない
と損をする。さらにどうせ投資するならより自分の目的や性格にあったところ
が望ましいのは言うまでもない。

 実はこのA社と契約するまえに半年間だけ社内の英会話教室に参加したこと
がある。半年で何千円と格安なのはよいがこれがとんでもないへぼであった。
一応初級コースだったのだが、カリキュラムもあるようで無く初級なら基礎か
らやるべきなのに行き当たりばったりだったりする。ただ、最初は八人くらい
だったが、回を重ねる毎に参加者が減ってゆき、最後の一ヶ月はマンツーマン
レッスンとなったのはラッキーだった。このヘボ口座の唯一の収穫は外国人と
話すのに慣れたということだけで、会話能力にはほとんど向上はなかった。

 このヘボレッスンで私がわかったのは、会話に必要なのは実は文法であると
いうことだ。ならば日本の英語教育の文法偏重は正しいのかというとそうは思
わない。文法というのは学者達が自分達の研究の結果として後付けでつけたも
のであり、人が最初に言葉を話し始めたときに文法があったわけではない。人
の話す言葉を分析しているうちに発見された規則性を文法と名づけただけの話
しだ。すなわち普段使用している言葉をある一定のルールに当てはめてみたの
が文法であるといえる。

 ならばその言葉を覚える早道としては、その一定のルールを最初から利用す
るほうが、あてずっぽうに覚えてパターンを自分で抽出して理解し身につける
よりもずっとはやい。そもそも文法というのは本来その言葉を知るための道具
の一つでしかない。それなのに文法が主役になってしまい「英文法」などとい
う独立した教科が一般の高校に存在し文法を覚えることが目的になっている現
状はどうかしている。英語の研究者になろうというならともかくも、そうでな
いのに文法だけを単独で覚えても苦痛なだけである。私がここでいう文法は日
常の会話シーンに必要な言いまわしや応用に密着した最低限の文法だ。

 特に初級〜中級にかけては会話とそれに必要な文法を並行して理解するのは
重要だと私は思う。綺麗な言葉を話すにはやはりきちんとした文法の理解の上
にあったほうがよい。もちろん文法などと堅いことを言わなくても、朝から晩
まで日々英語に囲まれている生活を何年もしていれば自然に覚えてしまうのだ
が、そういう環境が無い場合はより一般化された言葉のルールである文法の手
を借りるのが早道だろう。

(続く)