秩父紀行'96 (No.390〜392 1996/07/28-07/30掲載)


第一日目

 今年も秩父旅行の季節になった。一昨年から夏休みに、妻の従姉妹家族と私ども一家で、秩父の方面に二泊程度の旅行をしているのである。さすがに三年目の秩父になると飽きてくるのだが、子供達はお互いに泊まりがけで遊べることをとても楽しみにしている。今年の宿も昨年と同じでいわゆる公共の宿で、たいした食事はでないが安いのが取り柄である。昨年の帰りがけに今年の分を予約しておいたのだ。

 秩父方面は練馬からだと西武線だけでゆくことができ、池袋や新宿など人の多いところで乗り換えがないので随分楽である。昨年は池袋から特急ニューレッドアローに乗ったが、練馬から池袋まで戻るのはやはりナンセンスであった。今年は定石どおり所沢までゆき、そこで特急ニューレッドアローに乗ることにした。車をもたない我が家は例によって西武秩父で従姉妹の車と合流である。

 一方従姉妹家族の娘と母親は秩父鉄道の蒸気機関車に乗りたいということで熊谷から汽車に乗るらしい。従姉妹の住まいは鴻巣市なので熊谷には近い。話を聞くと三十分前には行っていないと座れないとかで、十時過ぎには母子は自宅を出るという。残った父親は荷物だけを積んだ車を転がして秩父へと向かい、お花畑駅で母子を拾いその後我々家族を西武秩父駅で拾う予定だ。

 さて、所沢発十一時五十二分の西武鉄道の特急ニューレッドアロー(10000系)ちちぶ十一号は時刻通りに出発した。外は真夏の日差しが強いが、軽めの冷房のきいた車内は心地よい。新幹線などでは、車内が冷えすぎていることが多く、えらく寒い思いをすることがあるが、これは寒くない程度の冷房だ。

 入間市に停車するが、このあたりは都心への通勤圏でマンションが立ち並ぶが、駅を離れると少しずつ家が減ってきて緑が多くなってくる。とはいえ、今は飯能でさえ都心への通勤圏らしく、池袋から一時間以上、さらのそこから歩いて十数分とかバスで十数分かかるところに自宅を構える人も少なくない。いやはやそこまでして家を買わなくてもと思ったりもするが、マイホームの誘惑は通勤地獄さえ越えるのだろう。

 所沢を出て二十分程度で飯能につく。ここで電車は進行方向をかえて単線の西武秩父線に入る。さすがに飯能を越えると都心への通勤圏という雰囲気はなくなり、電車は山間部をゆっくりと抜けて行く。ニューレッドアローはその名に似合わぬ低速運転となる。

 芦が久保を出るとそれまでの青空にかわって雲が空を支配し始め、西武秩父に着く頃には結構な降りになってきた。どうも今年の夏はついていない。西武秩父で従姉妹家族と合流し、仲見世通りにある武蔵屋という蕎麦屋で昨年同様昼食を取る。同じく昨年同様もりそば大盛りを注文するが、昨年より味が落ちた。蕎麦はゆですぎか蕎麦がかわったかで腰がないしつゆも弱い。はっきり言って昨年より味が落ちた。どうも今年はついていない。

 ついていない証拠に、恒例の秩父ワインの直販所に行ったら、昨年は入手できた「巨峰ワイン」が今年はすでに全部売り切れてしまっていた。たずねてみると例年四月頃だという。とすると昨年は運が良かったことになる。やはり今年はついていないようだ。

 さて、今夜の宿は小鹿野町のみどりの村のさる自治体の公営山荘だ。食事はたいしたことはあいが、安いのがとりえだ。これから二泊はここを寝城に行動する。明日はみどりの村のきれいなプールで一日を過ごすことになるだろうが、今夜は秩父ワインも飲んだし、ほろ酔い加減で実に心地よく瞼も重い。ああ、天国……。

 枕と寝具がかわったため、あまりよく眠れなかった。何度となく夜中に目が覚め、うとうとしている間に外は明るくなり朝になった。


第二日目

 この小鹿野町のみどりの村には町営の屋外プールがある。幼児用プールと流れるプールがあり一日いても大人四百十円、子供二百円と安い。周囲を山に囲まれて排気ガスや騒音、芋洗い状態とは無縁である。

 子供達は朝食を済ませると早くもプール、プールと騒いでいる。九時過ぎだというのに、日差しは強く肌を焦がす強さだ。今年でここは三度目であるが、いつもプールサイドの日陰ポジションが確保できない。今回は九時半のオープン直後に行ったので、めでたく日陰のベンチを確保できた。さらに従姉妹が携帯用のキャンプテーブル&ベンチとパラソル(驚くなかれパラソルとテーブル&ベンチ合わせても二千数百円だったそうだ)を持ってきたので、プールサイド備え付けベンチと合わせて、親子二組み六名でも十分である。

 だが、子供達にプールサイドのベンチは無縁らしく、一時間毎の十分間一斉休憩兼プール点検の時間以外はずっと入りっぱなしである。今年は学校のプールの時に風邪などをひいたこともあって娘のプール入りはまだ三度目である。昨年のレベルを回復しさらに進歩するには、あと何度か区営の室内プールへ連れて行く必要がありそうである。区営室内プールだと文字どおり「水泳」が主な目的になってしまうが、ここだと遊べるので娘も気に入ってビート板やら浮き輪とじゃれながら、流れるプールを何週も飽きずに水とじゃれあっている。

 それでもさすがに一日居るとくたびれるし飽きてしまうので、プールでカップラーメンを食べた後……泳いだ後に食べるカップラーメンは実に美味しいのだ……一度宿へ戻り、装備を変えて川へ向かうことにする。

 従姉妹が持ってきてくれた網やら、濡れたとき用の娘着替えを持って車に乗り込む。とたんに大粒の雨がバケツをひっくりかえしたような勢いで降ってきた。時刻は二時過ぎ。そういえば昨日も雨が降ってきたのはこの時間だった。都会だと夕立は文字どおり夕方から夜に降るが、このあたりの山沿いは昼過ぎから曇り始め山の方で雷鳴が轟き始め、やがて一時間ほどするとあたり一面滝に見舞われる。

 とりあえず、川が近いオートキャンプ場へ車を走らせるが、この勢いでは出るに出られない。仕方なく雨が止むまで車の中で待つが、ほどなく空が明るくなり今までの雨は嘘のような晴天が広がる。山の天気はかわりやすいというが、まさにそのとおりである。

 川で遊ぶなんて何年ぶりだろう。とくに現在の住まいの近くにはそういった川がないし、そういう場所へゆくには我が家には足がない。昔は各家庭に車などなかったから、電車やバスで行ったのだと思う。そのころは電車やバスで気軽にゆけるところに、自然が沢山残っていたのだ。今や東京でそれを求めようと思えば、都心から電車で二時間、そこから車でゆかねばならないのである。都市居住圏が広がるに連れ自然も遠くなってしまった。

 雨の後だからかどうかわからないが、沢蟹やら小魚が居そうな場所をさがしても、みつかるのはタニシとあめんぼうばかりである。ゴム草履をはいて川を歩き、川底や川岸の石をひっくり返してみたり、水の流れの緩やかなところをみても魚の影はない。それでも娘には遠足の川遊び以来の経験で、本格的に川の中に入って行くのは始めてであり、とても楽しかったようだ。途中転びそうになり慌てて支えたが半分ほど濡れてしまったが、まぁ夏のことであり洒落である。

 従姉妹家族のおかげで今日一日は娘にとってとても思い出深い日になったにちがいない。

 テレビのズームイン朝では東京は連日連夜熱帯夜だという。しかし、ここ小鹿野町の山間の緑の村の夜から朝にかけては涼しい。一昨日の夜は少々暑かったが、昨夜は涼しかった、いや、夏掛け一枚では寒いぐらいであった。勿論エアコンは止めてあるし窓もしめてあるのに明け方は寒いのである。昼は泳ぐのに心地よい暑さで、夜は寝苦しくない涼しさ、これで設備と食事が白河の会社の保養所なみであればいうことはないのだが、世の中そんなに甘くはない。


第三日目

 昨日とたいしてかわりばえのしない朝食をすませ帰り仕度を始める。初日に購入した秩父ワインのハーフボトル一ダースは宅配にしてもらったが、従姉妹は二ダースばかりをそのまま車に積んで持ち帰るから、確実に荷物が増えているから大変である。

 昨日の午後から川遊びをした吉田町のオートキャンプ場「山逢いの里」で、手打ち蕎麦体験教室を予約してあるのでそこで蕎麦を打って食べるのだ。蕎麦の材料費と手打ちの指導と食事……といっても自分で打った蕎麦を食べるのだが……で一人五百円である。変なところで不味い蕎麦を食べるよりよほど気が利いている。予約制で従姉妹家族は前回蕎麦を体験済みなので今回はうどんに挑戦、我が家は蕎麦に挑戦である。

 さて蕎麦打ち体験では、すでに大きなボールに分量の小麦粉と蕎麦粉が入れてあり、準備は整っている。そして地元のおばちゃんたちが打ち方を教えてくれるのである。今回私はビデオ(シャープのHi8液晶ビューカム)持参で来てきているので、おばちゃんの指導の様子を撮影させて頂いた。自宅で打つときの参考にしようというわけである。

 余談になるが家庭用ビデオカメラにはいわゆる昔からのビデオカメラタイプ(例えばソニーのパスポートサイズハンディカム)と液晶モニタのついたタイプ(例えばシャープの液晶ビューカム)がある。我が家は最初前者のタイプを使っていて、故障をきっかけに(Hi8でもなかったので)後者に買い替えた。その結果、家族旅行では圧倒的に後者の方が使い勝手が良いことがわかったのである。撮影者が静止している場合は大差無いが、あるきながら子供と手を繋ぎ前方を撮影するなどは、前者のタイプだと素人ではつまずいて転ぶのが関の山であるが、後者ではそれが楽に出来る。

 注意すべきは液晶モニタのついたタイプでも、カメラ部とモニタ部が一体型のタイプと液晶モニタ部が回転するシャープのようなタイプがある。この回転するのが重要で非常に使いやすく撮影姿勢が安定する。これは使ってみるまで効果が理解できなかったが、ファミリービデオカメラには必須でさえあるようにおもえる。どうでもいいような機能だが、その場あるいは旅館で再生して楽しめること、モニター部が回転することでかなり自由な撮影ポジションが確保できるのは絶大なメリットである。回転するのはシャープだけというメーカーの言葉にも使ってみて納得できる。それに見かけは大きいので重そうであるが大きさの割に軽く、でっぱりが少ないので鞄に納めやすい。グリップ部分がコンパクトなので持ち運ぶ時の握りと撮影時の握りが同じにでき、即座に撮影にはいれるのである。

 話がずれてしまった。手打ち蕎麦のほうは、小麦粉の配合が多い(蕎麦粉:小麦粉が1:3)ので打ちやすい。おばちゃんの指導もあって無事薄く延ばすまでたどりついた。切りの方も包丁が切りやすいので比較的スムーズにゆくがさすがに蕎麦屋のように細くは切れない。良く言われるように細うどんのような蕎麦が出来上がった。早速ゆでてつゆをつけてもり蕎麦にしていただく。つゆは醤油とかつおだしのきいた濃いめのつゆであり、味はわるくない。街の蕎麦屋よりよほど美味しい。麺も自分でうったから不細工だけど腰が強い。

 この蕎麦を味わいながら三年目の秩父路の旅も幕を閉じることになる。最後はレッドアローのなかでこの文を書きあげて全て終了だ。素敵な旅をコーディネートし、車を出してくれた従姉妹家族に感謝を込めて筆を置く。


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