しつこく枕 (No.404 1996/08/11掲載)


 「お替わりはいかが?」の400回目は期せずして……本当である、あとから見たら400だったのに気がついたのだ……大好きな枕の話しになってしまった。もっとも「大好き」というのは自分が大好きなのであって、他人がそうそう枕に興味があるとも思えぬ。第一みんながそんなに枕マニアだったら、今ごろ日本には枕コンツェルンや枕財閥ができ、日米枕摩擦で商務省と通産省が対立し、互いに枕を並べて討死しているやもしれぬ。だが実際はそんなことはありえなくて、枕マニアは希有な存在である。「いや、ここにも、枕マニアがいるぞ」などという方が入らしたらぜひ電子メールをいただきたい。ともあれ、折角だから今回も枕の話だ。

 前に書いたように最近日本のデパートは枕売り場を充実させている。そこには日本サイズの小さめのソバやらパイプやら桧など変わった素材の枕が所狭しと並んでいる。そういった新素材は確かに最近の研究成果かもしれないし、科学的根拠もあるのだろうが、私に言わせれば邪道である。羽毛以外の素材は枕にあらずだ。似たような感触の素材にポリエステル綿があるが、へたりやすく(大体半年から一年でへたりがくる)寿命が短く、通気性が悪い。

 それに比べて羽毛、特にダウンは通気性と保温性に優れており、冬暖かく夏涼しい。何よりの特徴はポリエステル綿と違って、枕の中で羽毛が自由に移動することだ。これはどんな形の頭でも、仰向けでもうつ伏せでも形に合わて羽毛が移動し、ぴったりフィットし支えることだ。これはとても大切なことだ。

 最近、凸凹のウレタン素材で中央部のへこんだ機能枕や、ドーナツ枕(赤ちゃん用にあらず)がでているが、これらは苦労して人工素材で羽毛枕の良さを追求しているにすぎない。枕の形に合わせて人間が頭をのせるなどは、ナンセンスでバカげた話だ。良くできた羽毛の枕……スーパーの特売で千九百八十円で売っている「羽根枕」とか「羽毛枕」とか称するものは真っ赤な偽物だ。いや中身は確かに羽根やら羽毛(たいていはクズの羽根ばかり)が入っているから偽物ではないが、羽毛枕の持つ優れた機能はどこにもないから、機能的に偽物である……なら、最初からそういった機能はあたりまえに持っている。

 私もいろいろなデパートの枕やベッド用品売り場、大手寝具メーカーの枕売り場などを見てきたが、正直なところ国内で見かける「羽毛枕」にはロクなものがない。大抵は堅いスモールフェザーをぎっしりと詰め込み、羽毛の良さが殺されている。希にこれはちょっといいねぇ、などというものがあるが、それらに付いているタグを見るとまず間違いなく輸入品だ。昔から堅い枕が好まれているというお国柄が市場に反映されているのだろう。

 よく、枕の高さはこれこれセンチメートルがよく、大きさはかくかくしかじか、などと最もらしい説明を聞くことがあるが、これまたナンセンスだ。医学上理論的にはそのとおりかもしれないが、人体は千差万別、好みも千差万別、そんなに杓子定規なものではない。だれが何と言おうと自分が快適であればいいのだ。だから「私は」柔らかな羽毛枕以外は枕と認めない一方で、そば枕以外は枕にあらず、羽毛枕などは西洋カブレの国賊の使うものだとおっしゃる御仁がいらしても何等不思議ではない。ファッションや味と一緒で好みなのである。

 さて、敷布団を干さないひとはまず居ないと思うが、枕の手入れをする人は以外に少ない。羽毛枕は直射日光を避け(羽毛製品の鉄則だ)、風通しのよいところで干す。使った後は対角線方向からグイグイと押し、なかの羽毛を整えて枕のなかの湿った空気を追い出す。だが、大抵の人は使ったままの形で押し入れに放り込んだり、ベッドの上に放り出したままであろう。これではいけない。枕もある種の敷布団だから手入れを怠ってはいけない。よい羽毛枕をよく手入れすれば十年、二十年はもつのだ。

 ともあれ健康枕ブームでも抱き枕ブームでもよいが、枕に感心がたかまるのはよいことだ。人間の最も大切な頭が、一生の四分の一から三分の一を過ごす場所である。もう少し感心をもっても罰はあたるまい。


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