「お替わりはいかが? 〜1298〜」

1999.01.22 (Fri) ==========================

□ 社歌

 社歌、外資系ではない日本の古くからの大企業の多くに存在するであろう会
社の歌である。国の歌が国歌なら会社の歌は社歌なのだ。実は私はこの社歌と
いう奴が大嫌いである。どうも個人的には社歌を斉唱するというのは、会社に
骨まで尽くすといったイメージと直結してしまうのである。言ってみれば企業
版戦意高揚ソングといったところだろうか。

 過去何度も繰り返しているが、私には「会社に尽くす」とか「個人や家族を
犠牲にしてでも会社の仕事に打ち込む」とかいうような、昔の猛烈サラリーマ
ン、猛烈会社人間をイメージさせる言葉は無縁なのである。私の意識としては、
会社で仕事をするのは、家族と自分の生活を支えエンジョイするための収入を
得るためでり、そのために自分の知識と体力と時間を会社に切り売りしている
のである。つまり自分の体力・知力・時間は商品なのだ。だから、だれにでも
平等にある時間以外の体力・知力を伸ばすことは自分の商品価値を高め、販売
価格を引き上げ自分の収入をあげることにつながる、というのが基本的な私の
哲学であり、働きだしてから二十年近くずっとこのスタンスを通してきた。

 戦中派である私の父が生きた時代というのは、軍隊にせよ会社勤めにせよ滅
私奉公の時代であり、さきにかいたようなことをあからさまに言えば、へたす
れば鉄格子の中、そこまでゆかなくても路頭にまようようなことになったかも
しれない。しかし、時代は変わって個を尊重する傾向が強まり、今の若者には
私のような考え方の人間は別段珍しくない。

 私は会社の為に働いているなどと思ったことは今まで一度もない。あくまで
収入を得るため自分の主として知力をもって会社の問題・課題の解決に寄与し
そこで報酬を得ているのである。だからそれができないようなら収入は得られ
なくて当然だし、逆にそれが得られるようにつねに自分の知力・体力の向上に
は注意を注いでいる。

 こんな私が社歌などという下らぬものを受け入れる心理になるわけがない。
そもそも企業への帰属意識なんかないなのである。ただ最初の労働契約に従い
労働を提供し賃金を得ているだけだと言っても良い。私には契約を守って働き
必要なら秘密を守る義務を負うが、会社に忠誠を尽くす義務はないのである。