先日、妻と二人で久々の吉祥寺に行ってきた。
吉祥寺は私にとっては大変懐かしい街である。まだ結婚前の話であるが、1982年から1983年にかけて中央線八王子駅を最寄駅とする1Kのアパートに住んでいた事がある。八王子の街は都心近くに比べると比較的空気も綺麗で、静かな街であり私は大変気に入っていた。そのころの通勤先は東京のど真ん中だったので、通勤は当然中央線快速を使っていた。
八王子の街はよかったのだが、問題は中央線快速であった。平均すると月に一度は、朝の通勤時に電車のドア故障、パンタグラフ故障、ポイント故障、信号機故障などで結構な遅延が発生していた。一度などは会社についたらすでに昼休み直前だったこともあった。今でも中央線は事故や故障が多いが、これは今に始まったわけではなく、すでに十数年以上昔から悪癖を持つ路線だったのである。
中央線はずいぶん昔からある路線らしいが、武蔵野、多摩方面が都心への通勤エリアになり、それにつれて通勤電車の本数が急激に増えたにもかかわらず、路線や設備の改修や近代化が追いつかず、本来ならすでに快速だけでも複々線運用になっていなくてはならないくらいの輸送量なのに、複々線どころか現状の設備の維持・改修だけで手一杯ということらしい。
こんな風に考えると、JR東日本に同情したくもなるのだが、実際には新宿・高尾間をJR中央線とほぼ平行して走る京王線は、中央線ほど故障はひどくはない。鉄道会社全体としての総運行距離がまるで違うのは確かだが、沿線に住む人間にとっては会社の総運行距離などは関係がない。同じような場所を走っているのに、片方は始終故障遅延が絶えないし、片方はさほどでもないのは、ずいぶん腹立たしい。
さて、JR東日本への腹立たしさは脇に置いておくとして、八王子在住の独身時代に戻ろう。残業を終えて都心を出てから八王子についたのでは、店もかなり閉まっており食事をとるところがほとんどない。特に私が住んでいたのは、当時寂れた側であった南口のほうであり、商店街が広がる北口と違って飲食店そのものがほとんどなかったのである。だから、中央総武直通の各駅停車(黄色い電車)にのり、中野〜三鷹までのどこかの駅で途中下車をし、夕食を済ませて買い物などをしたりして、今度は中央線快速に乗って八王子に戻ったのである。
一番よく降りたのは、高円寺である。高円寺は学生の町であり、社会人二年目とか三年目の薄給の一人暮らしサラリーマンにはうれしいことに、安くてボリュームがある食事を食べられる店が多い。その次によく使ったのが中野と吉祥寺だ。中野は高円寺ほど安くはないし、食事をする店も駅のそばには高円寺ほど安くてボリュームがある店は多くない。しかしアーケード街が駅前から伸びており、いろいろ買い物をして帰るには手ごろであった。そして中野と同じくらいよく降りたのが吉祥寺だ。
吉祥寺は近年非常にモダンな若者の街になっており、いろいろな外食店やショップなどのアンテナ店も最初に吉祥寺に出すところが多くなっている。シナモンロールの元祖とも言えるアメリカのシナボンの日本一号店ができたのも吉祥寺である。他にも若者狙いのパルコや丸井などもあるし、東急、近鉄、伊勢丹といったデパートも立ちならんだ、武蔵野では一番栄えた街である。この街には私が足しげく途中下車したころから、若いエネルギーが満ちている。その若さも近頃の渋谷のような、危険でモラルのない退廃したエネルギーでなく、はつらつとした大人の若さであり、無鉄砲なガキの若さではない。
また吉祥寺というのは、仕事でも多少縁があった街で、東急百貨店の北側にあるステーキレストラン「葡萄屋」にはオープン前の工事中の頃から仕事関係でお世話になった。仕事でお世話になったから言うわけではないのだが、このお店のステーキは大変に美味い。ランチタイムであれば、1500円ほどのタンシチューは絶品であり、平日の昼過ぎには店の奥に消えてゆく奥様たちが絶えない。若さあふれる吉祥寺の中で、落ち着いた雰囲気で食事を楽しめる店である。
ともあれ、高円寺、中野、吉祥寺の三駅が私がもっともよく利用した駅である、どの駅も大変懐かしく当時を思い出す。JR中央線快速についてはお世辞にもよいイメージを持っていないし、それは今も変わらないが、この三駅は私が大好きな場所だ。寮を出て初めて一人暮らしをはじめた街が八王子であり、その時期にお世話になった街が高円寺、中野、吉祥寺だ。
さて、先日吉祥寺にいったのは、妻が「シナボン」のシナモンロールを買いたいといったからだ。この店はオープン以来毎日行列ができるほどの人気で、特に土日は長蛇の列であるという。そこで、娘が学校へ行っている間に、たまには懐かしい吉祥寺で妻とデートをするのもわるくない、というわけで、休暇をとって半日を吉祥寺で過ごすことにした。
今の住居のある練馬から吉祥寺というのは結構遠い。当然のことながら直通の電車路線はないし、バスにしても練馬から吉祥寺というのはない。方法としてはバスで中野か荻窪までゆきそこからJRに乗るか、西武線で大泉学園までゆき、そこから都民農園・セコニック発大泉学園駅経由吉祥寺行きがある。特に大泉学園からのバスは本数が非常に多いのが便利だが、距離的にはちょっと遠回りとなる。どれにしようかと思ったが、とりあえず行きは大泉学園経由とした。
ここから吉祥寺までは西武バスが数分に一本の割合で運行されているので大変便利である。所用時間はおよそ三十分以上かかり、練馬から荻窪まで行くほうがバスの乗車時間としては短いことが判明した。ちなみに練馬から大泉学園まで西武線の運賃は170円であるが、荻窪から吉祥寺までは150円であり、バスの本数が大泉学園のほうが倍以上あることを考えても、荻窪経由の方が安くて楽のようだ。
さて、大泉学園から吉祥寺行きのバスの終点は当然JR吉祥寺駅の駅前であるが、今回の我々は駅が目的ではなく、サンロード内にある「シナボン」が妻の目的であるから、終点まで乗らずに、サンロードの北側の端、五日市街道の停留所「吉祥寺駅入口」で降りたほうが得策である。
サンロードのアーケードに入り西友ストアを左手に見ながらさらに駅のほうに向かって南へ進むと、やがて左手に黄色い看板のドラッグストア「マツモトキヨシ」が見えてくれば、シナボンはもう右手の目の前だ。看板は一見してわかりにくいが、シナモン特有の香りが漂ってくるので、その香りが看板以上に店の場所を端的に示している。
残念ながら、私はシナモンが苦手であり、シナモンロールも甘さではなくあのシナモン風味の生地が食べられないのである。甘いデニッシュは別に平気だけれど、シナモンはだめである。もうひとつ苦手なのは、キャラメル系だ。東鳩キャラメルコーンというお菓子があるが、あれも食べることができない。ちなみに妻はシナモンもキャラメルコーンも大好きなのだ。妻は嬉々としてシナボン(大きめのシナモンロール)四個の箱入りを買い求めた。これがたかがシナモンロールのくせに、四個入りというのは異常な重さである。なぜシナモンロールがこれほど重いのか理解に苦しむところだ。
妻の希望のシナモンロールをさほど並ぶことなく無事入手できたし、ちょっとコーヒーでも飲もうということで、これまた妻の希望で近頃日本に多く店を開いている「スターバックスコーヒー」を目指した。吉祥寺にはスターバックスは四店ほどあるが、私はサンロードから伊勢丹前をとおって東急のほうへ行く途中にある店を選んだ。理由は簡単で、シナボンから一番近い店だからである。
スターバックスは私にとってもちょっと思い出のあるコーヒーチェーンで、昨年はじめて海外一人旅をした「おじさんマウイ一人旅」で、Old Lahaina CenterのFoodland隣にあるスターバックスでは滞在中二度ほどかコーヒーを飲んだのである。エスプレッソはあまり好みではないので、いつもToday's Coffeeであった。アメリカの多くがそうであるように、ハワイ州でも公共の場やレストラン店内では原則禁煙である。当然スターバックスも例外ではなく、タバコを吸いたい人は天外のテーブルに灰皿があるので、そちらで吸うようにということになっており、日本の喫茶店と違って店内には紫煙は皆無である。
仕事などで外出したとき、ちょっと隙間の時間をつぶすのに、安いコーヒーチェーンへ入ることが多いが、どこの店も結構紫煙が漂っているのは閉口する。喫煙者の喫煙権を否定するわけではないが、非喫煙者にも紫煙や臭いを拒否する権利は、喫煙の権利と等しくあるはずで、これが多くの喫茶店では喫煙者の権利が優先され、非喫煙者の権利はふみにじられているのが腹立たしい限りである。これは絶対にフェアではない。
スターバックスのよいところは、日本の店舗でも少なくとも吉祥寺の店舗は店内禁煙なのである。ファストフード("first"ではない、"fast food"が正しい。英語的にいえばさらに"junk food"のほうが一般的かもしれない) 店でも紫煙が耐えないのに、この店は「コーヒーの香りを損なうので、店内は禁煙」になっているのである。よくしたもので、すぐそばには、店内喫煙可能な安いチェーン店があるから、タバコを吸いたければそちらへ行ってくれといわんばかりである。本当にコーヒーの香りを楽しむには、紫煙とあの臭いは邪魔である。喫煙者には良い組み合わせかもしれないが、非喫煙者にはコーヒーの良い香りの敵でしかないのである。昼間のコーヒーショップというとサラリーマンが多いのが普通だが、この店は女性が多いのもそこに由来しているのかもしれない。
最近はレストランなどでも分煙するようになってきているが、中には形ばかりの分煙があり、単にテーブルでタバコを据えないだけで、すぐとなりのテーブルでは紫煙がただよっていたりして、ほとんど形だけの分煙をしているところもあるし、一方はレジを中心に左右に分けて煙が飛ばないようにしている良心的なところもある。私がマウイやビッグアイランドをすきな理由の一つは、どの外食レストランやコーヒーショップに入っても、紫煙に悩まされることがないことだ。心置きなく潮の香り、コーヒーの香り、料理の香りを満喫できるというものだ。
妻とはこのあと、吉祥寺のデパートをぶらつき、帰りは荻窪経由で自宅へ向かったが、やはり予想通り距離的にも時間的にも費用的にも荻窪経由のほうがよかった。ただ、帰路のバス中では私がシナボンを膝に抱えて座っていたため、バスに乗っている間中、ずっとシナモンの香りをかいでしまい、それが苦手なのがわざわいしてバスを降りるころには、すっかり気持ちが悪くなってしまった。こんなことなら、シナボンを妻に持たせるのだったと後悔した時にはもう遅かった。
ともあれ平日に休みをとって、妻と半日デートしたわけだが、たまにこういうのもわるくはないものだ。
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