気になる枕 (No.1162〜1164 1998/09/08〜10掲載)


 久しぶりに枕の話である。過去に何度か書いているように、私はかなり枕にうるさい。素材は堅いものは全く駄目で、ソフトなダウンピロー(国内のデパートで入手できる一般の羽根枕とは異なり、羽毛の一番柔らかな胸毛=ダウンを使用したもの)が一番のお気に入りである。ダウン以外の素材で、これは良いと思ったのがピンコアラテックスを使った「ダンロピロ」である。これについては「お替りはいかが?」の No.976〜978 (98/3/6〜8) 「柔らかな枕」で詳しく触れている。同じくこの中で触れてはいるが、否定なのが低反発ウレタンである。低反発ウレタンは、この中で書いているようにどうも個人的には気に入らない。単にウレタンの反発性を柔らかに押さえただけだけのように思えるからだ。

 この低反発ウレタンの枕にお目にかかるようになったのは、比較的最近の話であるが、この低反発ウレタンに似たような素材のものが昔からある。それはスェーデンでNASAの宇宙計画のために十八年以上も前に開発された素材で、ヴィスコエラスティックフォーム ("a temperature-sensitive visco-elastic memory foam" ) というものだ。これは宇宙飛行士がシートに長い時間同じ姿勢で座っていても、できるだけ疲労感や圧迫感がないようにと作られたシートの素材であったらしい。

 この素材の特徴は、ウレタンのような発泡素材であるが、弾力というか反発力は通常のウレタンのように激しくない。そのあたりは低反発ウレタンと同じであるが、違うのは "temperature-sensitive" というところだ。つまり人間の体温程度の温度ではソフトになるという点だ。これを民生用に応用したのが商品名「テンピュール (Tempur-pedic) 」という、主としてマットレスやピローなどの寝具、椅子のクッションなどに使われる素材だ。

 このテンピュールで作られた枕は持つとずしりと重め(通常のサイズのもので1.3kgある) で、ちょっと手のひらなどで押さえてみるとかなり堅い。これだけだと重いだけの硬質ウレタンのようなのだが、さきほど書いたように人間の体温程度の温度に温まると非常にソフトになり、ピローであれば頭の形状に、マットレスであれば人間の体の凹凸にフィットするようにできている。その状態での反発力はさきの低反発ウレタンと同程度であるから、反発力による圧迫感はほとんどない。

 このテンピュールをマットレスやピローに使ったものは、日本では「株式会社ウェルネス」というところが、正規の輸入販売元として国内展開しており、主要デパートや一部スーパーマーケットなどで見ることができる場合が多い。ただ、経験的には寝具メーカーのロフテーによる枕コーナーがある店舗では置いていないことが多いようで(ロフテーも低反発素材による似たようなものを作っているからかもしれぬ)あり、さらに、マットレスとなると現物はまだお目にかかったことはない。

 ちょっと話は変わるが、先々週サイパンから帰って二日ほどしてから、右肩から右腕が鈍く痛んだことがあった。私はどちらかといえばもともと肩こりのほうで、それも決まって右側であった。余談だが何故か欧米人(白人)には肩こりがないという。だから肩こりに対応するぴったりの英語一語はなく、あえていえば "a stiff neck" とか "a stiff shoulder" とかいうらしい。ともあれ肩こりが腕にまで響いたのは始めてであった。今年は自宅で結構エアコンの除湿のやや冷風が直接あたるところで、PCをいじっていたりしたので冷やしてしまったというのもあるだろう。そんなこともあって、この肩こりにも良いという触れこみのテンピュールピローにも興味を持った。

 興味を持ったのはよいが、テンピュールピローというやつ、いったいいかほどの値段なのだろうか。まずはインターネットのサーチサイト (Goo, Infoseek, Infonavi) でキーワードを「テンピュール」で調べてみると、おお、釣れるではないか。それによればどこも判で押したように1万5千円と高い。では、デパートはというと、これを販売してるところではやはり1万5千円だ。ビックカメラの寝具売り場である東京羽毛工房では、類似品はあれどもテンピュールはない。私が持っているカードなどの関係で割引が効くデパートには、どこもロフテーの類似品しか置いていない(ちなみにロフテーのも同じ価格だ)のが悔しいではないか。結局これは定価で買うしかなさそうだ。

 今まで購入したピローで一番高いのは Pacificcoast社のダウンエンブレイス(キングサイズ)であり、これはU.S.$130 (+shipping and handling)であるが、このところパソコンへの出費もあって一万五千円はちと痛い。三日ほど悩んでみたが、やはり最初に気になったものは欲しいのが人の心である。結局、土曜日に三越池袋店で購入した。

 店頭で手に取ってみると、見かけに反してずしりと重い。単なるウレタンフォームだとすこすこの軽さでくらいの容積だが、Tempur-pedicは密度が高いため重量がある。指先で押してみると、なんとも他にたとえようのない奇妙な感触である。押すとゆっくりへこみ、指を離してもすぐに形は戻らずゆっくりと戻ってゆく。意を決して店員をみつけて、早速購入を申し出ると、きちんと段ボール箱に入ったものが出てきた。

 このテンピュールピローの形状は首の後ろに当たる部分がやや高くなっている、いわゆるよくある安眠枕の形状である。この形状は一見気持ちよさそうに思えるが、実は要注意の形状なのだ。ピローの素材が堅めであったり反発力の強い素材だと、首に余計な負担がかかってしまうのである。中には首の部分だけすこしくぼみを与えたような物があるが、人間寝ているときにはかなりの回数の寝返りを打つ――寝具の状況によるが十数回から数十回、ウォターベッド・ジェルベッド・テンピュールマットレスなどだと、局部的な圧力が小さいため寝返り回数は少なくなり、寝具が堅くなるなど局部的な圧力が高くなるほど寝返り回数は増え、ひどいと一晩に八十回を越えるという――が、その時に固定形状は障害になるし、首や肩などには想像以上の負担になる。その点ダウンやピンコアラテックス、テンピュールのような素材だと頭や首の形に合わせて形状が変わるのがよい。

 実際に頭をのせてみると手で触れた感触以上に堅い枕である。いや、堅いけれど柔らかなのである。板やら分厚い本を枕にすると本当に堅いだけであるから痛くなってくるのだが、テンピュールピローはそんなことはない。頭をのせた瞬間は堅めの感触だが、頭が当たった部分は体温で柔らかくなり、徐々に沈んで行くのである。うまく言い表せないが、最初後頭部や首の後ろに感じた圧力が、すわぁーっとなくなってゆき、ピローのほうから頭や首の形に合わせてくれる感じで、すぐに圧力が無くなって行く。

 私は side sleeper、つまり入眠時は横向きに眠ることが多いのだが、この枕で眠ると、最初から仰向きで眠るほうが快適になる。試しに妻に使わせてみると、やはり仰向きのほうが多くなるようだ。

 枕の好みというのは堅いの、柔らかいのと様々で、私のようにダウンピローを筆頭に非常に柔らかな枕が好みの人もいれば、そうでない人もいるだろう。堅めの枕がよいが、どうも頭にしっくりこないという人は、このテンピュールピローを試してみると良い。価格は一万五千円とお高いが試す価値は大いにある。


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