筆者が一番再訪したい国はニュージーランドです。筆者は2001年10月と2003年4月という随分昔に訪れたきりですが、未だに脳裏に強く焼き付いている外国はハワイでもなければシンガポールでもないニュージーランドです。今回は2回にわけ、後編の今回は新型コロナウイルス感染症拡大にともなうロックダウンについて、ニュージーランドと日本を主に法律面から比較します。
コロナ陽性者1名でロックダウンのニュージーランド
直近では8月17日12時59分から3日間全土でレベル4の警戒態勢としロックダウンが行われました。これはオークランド在住のワクチン未接種の58歳の男性が検査で陽性反応(1人だけ)を示したことを受けてのアーダーン首相の決定です。
なぜそんな簡単にロックダウンできるのか?
後編の今回はそのあたりを筆者なりに探ってみたいと思います。
おことわりしておきますが、筆者は法律家ではないので誤りなどがあるかもしれませんので、疑問に思ったらご自身でネット検索などで調べてみることを強く推奨します。
しかし専門家出ないがゆえにわかりやすくかいているつもりですのでご容赦ください。
大陸法と英米法
日本とニュージーランドのコロナ対応(ロックダウン)の違いを理解するためには「大陸法」と「英米法」について簡単に理解する必要があります。
大陸法
政府や議会により制定されて明文化された法律に基づき他の法律や規則などはそれに基づいて明文化されて策定される成文法主義が採用されています。ドイツやフランスなどは大陸法です。
明文化されているので曖昧さは少なくなります(言葉の表現の曖昧さは不可避です)が、その一方で明文化されていない今回のパンデミック対応のような異常事態にはタイムリーに柔軟な対応ができない傾向があります。
英米法
「判例法主義」「慣習法」と呼ばれるように裁判所の判例が先例的拘束力を持つとしており、さらに慣習を元に法的拘束力をもたせるもので、多くは不文法であるので明文化されておらず曖昧さがあるのは否定できません。
明文化されていないが故に過去にない異常事態には国のトップ組織(内閣や首相など)で柔軟に対応できます。
日本とニュージーランド
日本は「大陸法」を取っており法律は全て明文化されています。
しかし裁判所による判例(特に最高裁判所)は無視できない拘束力があると考えられており、事実上は最高裁判所の判例は法律と同程度の効果を持つと考えられており、その面では「英米法」の側面も持ったハイブリッドだと思われます。
一方ニュージーランドは英国同様に「英米法」であり判例法主義・慣習法主義であり、日本国憲法のようにこれが憲法だ!と呼ばれる立法文書はありません。ニュージーランドの憲法に相当するものは複数の法律からなっていると考えられます。
日本の場合、内閣は日本国憲法「第5章 内閣」(第65条~第75条)に明確に定義されています。
しかしニュージーランドの内閣は慣習として存在し、日本国憲法のように明文化された基本法による定義は存在しないようです。
内閣が憲法に定義されていないなんて日本人にはちょっと想像の外にある感じがしませんか?
判例法主義はまだ理解できるとして、慣習法って….ってスゴーク曖昧、だからこそ曖昧なものはバンバン裁判に持ち込まれて判決が確定して判例となり法律としての効果を持ちそれらが積み上がっていって基本法的なものが出来上がっていくことになります。
ロックダウン
中国が武漢を完全封鎖したのは記憶に新しいところですが、こういった策は中国が専制主義の国だからこそトップの鶴の一声でできてしまうものです。
日本では現時点においては中国と全く同じことは起こりえません。
それはロックダウン(俗称)といった私的権利の大幅制約を果たすことはそれを定義した法律が存在しないため不可能なのです。
ニュージーランドには成文憲法が存在しない以上、フランスやドイツのように憲法に国家緊急権として定義されていません。
しかし、英米法には慣習としてのマーシャル・ロー(戒厳令)という考え方が基本的に存在しており、それに基づいて必要であれば戒厳令などを発動することもありえます。
戒厳(かいげん)とは、戦時や自然災害、暴動等の緊急事態において兵力をもって国内外の一地域あるいは全国を警備する場合に、国民の権利を保障した憲法・法律の一部の効力を停止し、行政権・司法権の一部ないし全部を軍部の指揮下に移行することをいう。軍事法規のひとつであり、戒厳について規定した法令を戒厳令(英語:martial law)という。
出典:Wikipedia 「戒厳」
ニュージーランドのアラートシステム
アラートの4レベル
現在のニュージーランドにはCOVID-19に対してはアラートシステムというものが設定されています。
ニュージランド政府のサイトに日本語(在住日本人も少なくないので)でも書かれています。
以下、簡単にざっくりとレベルを紹介します。
レベルの数字が大きくなるほど制約が厳しくなります。
レベル1 | フェイスガードやマスクの着用義務 仕事、ビジネスの施設では接触追跡用QRコードを掲示する必要がある 公共交通機関利用に際しては接触追跡用QRコードを掲示する必要がある 入国者は免除されない限り管理隔離施設に入所する必要があります |
レベル2 | フェイスガードやマスクの着用義務 外出時の対人距離は2メートル、職場では1メートル 100名までの集会 は許可される 公共交通機関利用に際しては接触追跡用QRコードを掲示する必要がある 公共の場で運動する際は、不特定多数の人とは2メートルの対人距離をとる |
レベル3 | フェイスガードやマスクの着用義務 外出時の対人距離は2メートル、職場では1メートルを確保 定期的に手を洗う 外出時はNZ COVIDトレーサーアプリ又は新型コロナ追跡記録するかメモる 保育園、幼稚園、学校は、エッセンシャルワーカーの子どものみを受け入れ 地域間の移動は厳しく制限 公共施設の閉鎖 できるだけ在宅勤務 |
レベル4 | フェイスガードやマスクの着用義務 どうしても外出しなければならない時以外は自宅待機 対人距離2メートル 軽い運動や散歩のための外出は自宅近辺に限定 買い物には最寄りのスーパー ステイホーム (テレワーク、自宅学習)-出勤が許可されている場合でも、厳しい制約 外出時はNZ COVIDトレーサーアプリ又は新型コロナ追跡記録するかメモる 定期的に手を洗う 保育園、幼稚園、学校、高等教育機関は全て閉鎖 公共施設の閉鎖 営業が許可される接客業・サービス業のみが営業 |
緊急事態宣言
前出のアラートシステムはニュージーランドのエピデミック対策法(Epidemic Preparedness Act 2006)や民間防衛緊急事態管理法(Civil Defence Emergency Management Act)などを根拠に作成したものだそうです。
これらの法律を根拠として緊急事態を宣言することで、政府は今回のようにアラートシステムのレベル4を宣言して、一時的に大幅に私権制限をして感染拡大を防ぐ事が可能になっています。
エピデミックとは局所的短期的な感染症の流行のことであり、エピデミックが広範囲長期にわたると現在のようなパンデミックとなります。
民間防衛緊急事態管理法(Civil Defence Emergency Management Act)は単なる法律だけの立て付けではなく、民間防衛緊急事態管理庁(Ministry of Civil Defence & Emergency Management、CDEM)が設置されており、配下には各地方民間防衛緊急事態管理グループが設置されています。
これらは緊急事態の宣言に基づき救命・救助活動、食料・衣服・避難施設の供給、交通規制、死体等の処理、必要な装備の供給などを行うことになっています。
さらに民間防衛緊急事態管理法に基づき新型コロナ公衆衛生対策法(COVID-19 Public Health Response Act 2020)が制定され、この法律に基づいて道路閉鎖、公共の場所の閉鎖、個人がIDをいつでも提示できるように命令すること、事業や事業の一部を停止させるように命令することなどが規定されて、違反者への罰則(6ヶ月以内の投獄、4000ドル[NZD]以内の罰金)も規定されており、取締は警察(New Zealand Police)が対応します。
このように実効的なところまで法律とシステムが構築されているのがポイントだと言えます。
ロックダウン
此処から先は筆者独自の解釈と意見であり、一般的な説ではないことをお断りしておきます。
「日本ではロックダウンはなじまない」(菅首相)、「海外で行われている罰則を伴う強制的な措置は日本ではできないことになっている」(加藤官房長官)のように政府レベルでは「できない」というのが現時点での姿勢のようです。
現在の日本国憲法には国家緊急権を規定しておらず、それを厳密に解釈するフランスのような緊急権を発動することはできないと思われます。
フランスのロックダウン
フランスについては、2020年7月10日に緊急事態法が制定され、首相は次の措置を出来ることになりました。
・政令により定められた時間と場所への人あるいは自動車のアクセスの禁止あるいは制限
・例外を除き自宅を離れることの禁止
・生活必需品を提供する店舗以外の施設の閉鎖
・集会等の禁止
・必要な物資に関する価格統制等
めちゃめちゃ強い措置ですが緊急事態宣言は2ヶ月間のみとされています。
施行前に憲法院で憲法適合性を受けており、施行後にも事後的憲法適合性審査を受けて合憲とされています。
日本ではできない?
今一度日本国憲法を見てみましょう。(赤文字は筆者がマークした部分)
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
これらにでてくる「公共の福祉」がポイントになると思われます。
仮に特措法(新型インフルエンザ等対策特別措置法)をロックダウン出来るように私権制限条項を付加したとしたら、間違いなく憲法論争になるでしょうが、「公共の福祉」の確保を目的として私的財産の徴用、移動・居住制限などを付与することは不可能ではないと筆者は思っています。
そして違反者には罰則(禁錮・懲役・罰金)を果たし、市法執行機関である警察(自衛隊ではない)が取締を担う体制をつくることはできるであろうと考えます。
濫用を防ぐために非常に厳格に期間限定や適用条件を設定すべきであるのはいうまでもありません。
これ以上の対応はやはり日本国憲法に国家緊急権を定義することが不可避だと思いますし、有事(戦争・テロなど)のときの対応も含めてこれらは議論されるべきでしょう。
後編のまとめ
ニュージーランドは英米法の国であり、エピデミック対策法(Epidemic Preparedness Act 2006)や民間防衛緊急事態管理法(Civil Defence Emergency Management Act)などを根拠として緊急事態宣言が発せられれ、レベル4のロックダウンも可能である。
フランスは日本同様大陸法であるが法に立て付けがあり、2020年7月10日制定の緊急事態法により非常に凜いロックダウン措置が可能であった。
日本は憲法に国家緊急権の定義がないため明示的に緊急時の私権制限は難しいと考えられているが、「公共の福祉」の記述を根拠として限られた範囲・期間でのロックダウンに準じた時限立法措置は不可能ではないと筆者は考える。
再び訪れるであろう新しいウイルスのパンデミック、テロ、紛争、戦争など頑張っても避けられない異常事態に対して直ちに有効な対策が撮れるように、憲法への国家緊急権記載も含めてタブー無しで議論されるべき時期である。憲法改正するかどうかはその次の話でまずは議論ありき。議論そのものはタブーではないはず。